大判例

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福岡地方裁判所 昭和49年(ワ)1190号 判決 1976年3月30日

原告

鳥居慎示

外一名

右訴訟代理人

大原圭次郎

被告

後藤はな子

外三名

右訴訟代理人

安田幹太

外二名

主文

一  被告らは各自連帯して原告らに対し、金五五〇万円及び内金五三〇万円に対する、被告後藤はな子は昭和四九年一一月二三日より、同久江政雄、同久江武男はいずれも同月二五日より、同久江一美は同月二六日より、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

但し、被告らのうちの一人が原告らに対し各金四〇万円の担保を供するときは当該被告は右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは各自連帯して原告らに対し、金一五八〇万八〇九八円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日より各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに第1項について仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決並びに被告ら敗訴の場合は担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二  当事者の主張

一、原告らの請求原因

1  原告らの子である鳥居賢治(昭和四七年一一月二五日生)は昭和四九年四月二一日午後四時三〇分頃、福岡県粕屋郡粕屋町大字仲原一七五〇番地所在の被告ら所有の貯水槽横の道路を歩行中、同貯水槽(以下本件貯水槽という)に転落して溺死した。

2  本件貯水槽は被告らが共同して占有、所有する土地の工作物で、縦、横それぞれ1.4メートル、深さ1.13メートルのコンクリート製のもので農道沿いの田畑の一角に存在するが、農道との境には野草が繁茂しているため農道からは本件貯水槽の存在を容易に知り得ない状態にあり、しかも、農道が本件貯水槽よりもいくらか高くなつている。そのため、農道を通行する者が本件貯水槽に気付かず、これに誤つて転落するおそれがあり危険な設備であつたが、これに右危険を防止するに足る柵囲い等の安全設備は設けられていなかつた。右のような危険防止のための安全設備が設けられていなかつたことは、土地の工作物たる本件貯水槽の設置又は保存に瑕疵があつたものというべきで、賢治の本件転落死亡事故は右瑕疵に基因するものである。

3  鳥居賢治の逸失利益及び原告らの相続

(一) 賢治は死亡当時一歳五か月の健康な男子で本件事故により死亡しなければ二〇歳から六〇歳まで四〇年間就労可能であつたから、男子労働者の昭和四八年における毎月の現金給与額一〇万七五〇〇円、年間賞与その他の特別給与額三三万九二〇〇円(賃金センサス第一巻第二表男子労働者学歴計による)を基礎とし、五〇パーセントの生活費を控除して、その逸失利益をライブニツツ式計算によつて法定利率による中間利息を控除し、死亡時の一時払額に換算すると五八〇万八〇九八円となる。

(二) 原告らの相続

原告らはその法定相続分に応じて賢治の損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。よつて、その金額は原告らそれぞれ二九〇万四〇四九円である。

4  原告らの損害

(一)慰藉料

原告らは賢治の突然の死により多大の精神的苦痛を蒙るとともに、被告らの本件事故の結果についての不誠実な態度によつてその精神的苦痛は更に増大している。よつて、原告らの右精神的苦痛を慰藉するには原告ら各四〇〇万円が相当である。

(二) 葬儀費用

原告らは賢治の死亡に伴い三〇万円の葬儀費の支払を余儀なくされた。

(三) 弁護士費用

原告らは被告らが右損害金の支払に応じないので原告らのため本訴を原告代理人に委任し、着手金として三〇万円及び報酬として第一審判決の言渡の日に一四〇万円支払うことを約した。

5  よつて原告らはそれぞれ被告ら各自に対し、右損害金合計として七九〇万四〇四九円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日より各支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否<省略>

三、被告らの仮定抗弁

死亡した原告らの子供は一歳五か月の幼児であつて、このような幼児が本件事故現場まで一人で出歩いていたことは、保護者たる原告らの重大な過失である。

従つて、仮に被告らに何らかの責任があるとしても、原告らの右過失と相殺さるべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一原告らの子である鳥居賢治(昭和四七年一一月二五日生)が昭和四九年四月二一日午後四時三〇分頃、粕屋郡粕屋町大字仲原一七五〇番地所在の本件貯水槽に転落溺死したこと、本件貯水槽の規模は縦、横それぞれ1.4メートル、深さ1.13メートルのコンクリート製のもので、被告らが共同して占有、所有する土地の工作物であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二1  そこで土地の工作物たる本件貯水槽の設置又は保存に瑕疵があつたかどうかについて判断する。

賢治が死亡した当時、本件貯水槽に柵や蓋などなされていなかつたことは当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

イ  本件貯水槽は昭和三〇年前後に施行された耕地整理の際に肥料溜として、それまでの土壺に代えて被告ら所有の田の隅に構築されたものであつたが、昭和四二、三年頃からは肥料溜として利用されることもなくなり、雨水が自然に溜まるに任せ、本件事故当日は、大雨の後であつたので、貯水槽一杯に雨水が溜まつていたこと、

ロ  本件事故当時、被告ら所有の田をはじめ附近一帯の田は秋の稲刈りがすんだままの状態で稲の切株があるだけの広つぱとなつていたため、附近の子供たちでこれを遊び場とするものもあつたこと、

ハ  ところで本件貯水槽の縁は被告ら所有の田面より約二四センチメートル高くなつていたので、稲の切株だけとなつた田面に立つときは隅に構築された本件貯水槽の存在もかなり明瞭であるが、別紙図面のとおり、被告ら所有の田の北側と東側には農道があつて、この農道と本件貯水槽の縁との間にはほとんど高低差がなく、特に東側の農道と本件貯水槽との間隔は約三四センチメートルしかないところへ本件事故当時は農閑期のため、農道を通行する人や車も少なく、手入れも十分でなかつたため、右の農道のうち轍(わだち)の部分のみは雑草の茂り具合が少ないが、轍以外の部分や農道沿いの、水の枯れたかんがい用水路は共々雑草が数十センチメートルの高さ近くに生い茂り、その一部は本件貯水槽の農道側の縁を覆いかくすような繁りぶりであつたから、この農道側からは、至近距離において特に注視すれば格別、右の雑草にさえぎられて、本件貯永槽を発見することは成人ですら多少困難な状況であつたこと、

ニ  本件貯水槽から本件事故当時原告らが長男英司(昭和四四年一月二八日生)、二男宏司(昭和四六年一一月一日生)三男賢治と住んでいた家までは、稲の切株のある乾いた田を直線に歩けば111.6メートル、北側の農道と、この農道の西端が接する原告ら宅の前の道路とを歩けば約一七一メートルの距離であり、右の田を通る場合は稲の切株と土くれが、農道を通る場合は前述の轍の部分に生えた雑草があるだけで、ほかには歩行するのに特に障害となる物はないこと、

およそ以上の各事実を認めることができる。

2  右認定の事実によれば、本件事故当時の本件貯水槽の存在状況は、危険を認識し、これを回避できる年令に達した者についてはともかく、このような能力を欠く幼児がこれに接近した場合には転落する危険が極めて高く、一旦これに転落すれば死亡にいたる危険性を有するものであつて、かつ、附近の住宅地の幼児たちが比較的容易に到達できる場所にあつたということができる。

そうだとすると、本件貯水槽に幼児が接近したり転落することを防止するため、これに金網をはるとか、或いは周囲に柵を設け又は農道側の雑草を刈り取るなどしてこれが存在することを一目瞭然たらしめるとかの方策がとられなければならないわけであり、このような方策が講じられていなかつた本件貯水槽は、その設置又は保存に瑕疵があるといわざるをえない。

そして、賢治が本件貯水槽にどのようにして到達し、どの場所から転落したかを認めうる証拠はないが、賢治がこれに転落死亡したのは右に述べた瑕疵に基因するものであることは明らかであるから、本件貯水槽を占有、所有する被告らは、これによつて賢治及び原告らが蒙つた損害を賠償する義務がある。

三そこで賢治及び原告らの蒙つた損害につき検討する。

1  賢治の死亡による逸失利益

五四九万八七一九円

前記認定のとおり、賢治は死亡当時一歳五か月の男児であつたことが認められるが、本件事故がなければ賢治は二〇歳から六〇歳まで就労可能であつたとの原告らの主張はそのまま認めるのが相当である。そこで、当裁判所に顕著な昭和四九年の賃金センサス第一巻第一表の企業規模計男子労働者学歴計の平均給与額により計算すると、賢治の推定年収額は次のとおり二〇四万六七〇〇円である。

133400×12+445900=2046700(円)

さて、賢治の生活費は右収入の五割、満二〇歳までの養育費は年間一二万円とみるのが相当であるので、これをもとに、年五分の割合による中間利息を控除して賢治の死亡時における逸失利益の現価をライプニツツ式により算定すると左の計算式のとおり五四九万八七一九円となる(円未満切捨、以下同じ)。

2046700×(1-0.5)×6.7904−

(1120000×12.0853)=5498719(円)

2  原告らの慰藉料 各二〇〇万円

賢治の死亡によつて原告らが多大の精神的苦痛を受けていることは明らかであり、これに対する慰藉料額は原告らに対し各二〇〇万円とみるのが相当である。

3  葬儀費用 原告ら各一五万円

賢治の葬儀費用として原告らが幾らの支出を余儀なくされたかの立証はないが、賢治の葬儀に三〇万円を要したとの原告らの主張が特に不相応の出費であるとも認められないから、当裁判所は右金額をもつて賢治の葬儀費用と認めるほか、原告らは右葬儀費用を共同出費したものと推認する。

4  以上によると、原告らは1の賢治の逸失利益を共同相続(相続分二分の一)した分も含めて、いずれも次の計算式のとおり各四八九万九三五九円の損害を蒙つていることになる

四そこで被告ら主張の過失相殺の抗弁につき判断する。

<証拠>によると、原告ら親子が本件事故当時に居住していた家屋に住むようになつたのは昭和四七年九月頃からのことであるが、原告らは本件貯水槽の存在することを知らず、三人の子供が近所の子供たちと近くの田で遊ぶことを、車の多い表通りで遊ぶより安全だと考えて放任していたこと、本件事故当日は午後四時過ぎに家族全員外出から帰宅したのであるが、父である原告慎示はそのままテレビに見入り、母の原告勝子は子供三人におやつを与え、英司、宏司、賢治の順に遊びに出たので玄関外まで出、英司が隣の小学一年生と五歳の子と三人で自宅前の田の近くで遊び、宏司、賢治が玄関前で遊んでいるのを見届けて家に入り、米をとぐなどの家事に従事していたこと、ところがこの二、三〇分の間に英司たちは本件貯水槽附近まで遊びに行き、賢治も兄たちのあとを慕つて本件貯水槽附近に到達し、これに転落死亡したものであること、賢治は一般の子どもたちより早い生後八か月頃から歩けるようになり、一歳過ぎると兄達と遊べるようになり、本件事故当時は二歳五か月の次兄宏司より足が達者なくらいであつたこと、がいずれも認められる。

右認定の事実によると、原告らは、本来遊び場でないところで子供たちが遊ぶのを放任し、そこにどのような危険があるかについては日頃無頓着であつたとうかがえるし、五歳二か月の長男を頭とする小さな子供たち三人の親としてはいささか監督不充分なところがうかがえるので、これらの落度を斟酌するときは、原告らが被告らに請求しうる損害賠償額は賢治及び原告らの蒙つた前記損害額から二分の一程度を減じた五〇〇万円をもつつて相当と判断する。

五弁護士費用 各二五万円

以上により原告らは被告ら各自に対し五〇〇万円の支払を求めうるところ、<証拠>によれば、原告らは止むなく弁護士たる本件原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、着手金として三〇万円を支払い、事件終了後成功報酬金として一四〇万円を支払うことを約していることが認められるので、当裁判所は、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らして、原告らが原告ら訴訟代理人に現実に支払う報酬額のうち被告らに負担せしめうる弁護士費用相当分は原告両名にとつて各二五万円が相当であると認める。

六結び

よつて原告らの本訴請求は被告ら各自に対し金五五〇万円と将来支払うべき弁護士費用を除く金五三〇万円につき不法行為後である訴状送達の日の翌日(記載によれば被告はな子については昭和四九年一一月二三日、被告政雄、同武男についてはいずれも同月二五日、被告一美については同月二六日と認められる)から各支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、第八九条を、仮執行の宣言及び同免脱の宣言については同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(井野三郎 江口寛志 榎下義康)

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